男心と女心(1) 男の「好き」と女の「好き」の違い
そもそも、このブログは、若者、特に若い男性の参考になればと思って書き始めました。
しかし、寄せられるメッセージを読むと 「おんなゴコロって、そうよねっ」 みたいな、女性からの共感ベースの応援メッセージ。
それは、それでとても有り難いのですが、しかし、自分は女性のスタンスを100%支持しているわけではありません。
大事なことは、男女の歩み寄り。
女性は男性の特徴を理解し、男性は女性の特徴を理解し、接点を出来るだけ広く確保しなさいということ。
自分がガキの頃の性教育は、こんな感じでした。
まずは、男女の肉体的な変化。子供のときは 「付属物」 を除いて、男女共そんなに大きな違いはない。しかし、それが思春期(第二次性徴期)を迎える頃になると、肉体的には、男はゴツゴツと男らしく、女はまるまると女らしくなるみたいな、外形的な変化が始まり、そして、心も男は男らしく、女は女らしくなるみたいな 「おまけ」 がついて終わり。
続いて、子供ができるに至るまでの物理的肉体的な性行為の話。最後は、避妊(ひにん)や病気のお話です。
確かに子供の素朴(そぼく)な疑問には答えているかもしれない。
しかし、決定的に 「心の話」 が欠落しているのです。
第二次性徴によって、「ホルモン分泌」 が変化し、その結果起こる 「心」 の変化は、学校教育では教えてくれないのです。なので異性の口説き方もアプローチの仕方も、習っていない。
それなら、家で教えてくれるかというと、教えてもくれない。
まあ、性の問題は、極めて個人的な問題なので、「教えろ!」 と言われたとしても、パターンで教えて済むもんでもなければ、その通りに行くものでもありません。
「心の話」 で重要なことは、男女は 「心も身体も全く違う存在」 同士であるということ。しかし、違いばかりを強調していては、乖離(かいり)するばかりで、そこに融和は生まれません。
LGBT の話を加味するともっと複雑になるので、あくまでも一般論で説明しています。
前置きが長くなりましたが、さっそく第一話。
男の 「好き」 と、女の 「好き」 の違い
例えば、「男は誰とでも寝れるけど、女は好きな人としか寝れない」 みたいな言葉があります。これは一見正しくもあるのですが、正しくもないのです。男女の行動だけを見ているだけなら、正しく見えます。
しかし、細かく見ていくと、男は寝ようとしている時点で既にスイッチ入ってる状態なわけですが、一方の女性はと言うと、単にスイッチの掛かりが遅いだけの話。そこで 「好き」 という感情が重要となってくるわけですが、女性の 「好き」 という感情は男の 「好き」 と比べると、実に幅が広い。
男性の 「好き」 は、恋愛表現であるのに対して、女性の 「好き」 は、単に 「好意」 をもっているということ。そこには、尊敬や憧れ(あこがれ)の感情も含まれるのです。
なので 「友達として好き」 みたいな表現になるわけです。
では、女性が寝る基準は何か?
極端に言えば、「ドキドキ」 があるかどうか。男であれば、それは 「勃つか勃たないか」 の次元の話なのです。(笑)
なので、女性の言葉で言うならば、男は勃ってる時点で既に 「好き」 なのです。(笑)
要は、友達であれ憧れであれ尊敬であれ、「好き!好き!」 とさえずり、その気になって、近付いてきた男性に自分が 「ドキドキ」 するか、あるいは、ときめかせてくれるか。そこが、女性の合格基準なわけです。
そこの違いを理解できるようになると、何故、「女性が男性のリードを必要としているのか」 というところも理解できると思います。
結局のところ、男も女も、その気にならないと寝れないんです。
これは、動物として人間を見た場合の、基本的な交尾のパターンに過ぎません。
しかし、女性の 「好き」 は、必ずしも男性の 「好き」 と感覚的に一致しない理由や、何故、女性が男性に対して受身であり、男性のリードを期待するのか。あるいは、好きな素振(そぶ)りをするのに、何故最後の行為にまでたどり着けないのか。
そういったものが、動物としての 「人の本質」 を理解すれば、全て理解できるのです。
もし、目から鱗(うろこ)だと思った方は、ポチッとしてくれると助かります。(笑)