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2018/03/31

H・R・ギーガー

 

ブログ友達の 「にきこ」 さんの記事。


 

「H・R・ギーガー(Hans Rudolf Giger)」(1940-2014) を表に連れ出して来るとは、恐れ入りました。(笑)

 

「ギーガー」 は、映画 「エイリアン」 の造形デザイナーとして超有名ですが、人という枠を超えて、生物と機械が融合したような空間に、「エロ」 と 「グロ」、「美」 と 「醜」、「生」 と 「死」、「恐怖」 と 「歓喜」 が入り混じったような 「独特の世界観」 は、「SM の世界」 にも、どこか通じるものがあり、魅了されます。

 

 

ドクロや骸骨は、人の 「死」 の象徴。ヘビは 「罪」。そして、尖(とん)がった女性に生えてる角は、山羊の角的で、どこか 「サタン」 を思わせます。

 

そして、そこに人が一番嫌悪しそうな 「昆虫」 あるいは 「爬虫類」 を想起させるモチーフや、女性の肢体を思わせる 「生々しさ」 を感じさせるモチーフが、機械的無機的に融合しています。

 

「エイリアン」 なんかは、粘液ドロドロで、爬虫類的でもありますが、見方によっては、もうまるで、性欲剥き出しの、狂った 「男性☆器」 そのもの。

人が嫌悪しそうな 「異形の生物」 と人と機械が、「生死」 と 「愛憎」 劇を繰り広げる 「エイリアン」 は、「ダン・オバノン」 の原作と 「ギーガー」 の世界観が融合して、初めて可能だったのではないかと、思ってしまいます。

 

にきこさんも、「ギーガー」 の代表的な絵を幾つか紹介していますので、いくつか重複はありますが、自分の好きな 「ギーガー」 の 「エロ」 と 「グロ」 を紹介します。

 

***

 

機械や異形の動物と組み合わせることで、「忘我」 ではありませんが、完全に 「理性」 と 「感情」 が抜け落ちている 「恍惚(こうこつ)とした状態の肉体」 が表現されており、それによって、機械的で無機的なはずの絵が逆に、かなりの 「エロティシズム」 を感じさせる結果となっているところが、これらの作品の不思議なところです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この辺は、もう、かなり 「SM チック」 です。♪

 

 

2018/03/21

若いうちは 「経験」 を積みなさい♪ (2)

読者登録させて戴いてる、ブロ友さん?の記事。


 

昨日の、「若いうちは 『経験』 を積みなさい♪」 の記事の続きです。この記事で、「美味しいものを知るためには、不味いものを知ることも必要」 と書きましたが、何故、「不味いものを知る」 ことが必要か?

彼女は、ブログ記事に

 

        「マイナスがなければ、人はプラスの存在に気づかないだろう。」

 

と書いていますが、まさしく彼女が言っている通り、”人は気が付かないから” です。

頭では理解していたとしても、それは単なる知識や情報に過ぎません。かなり賢い人でない限り?は、自分の 「糧(かて)」 とすることが出来ないのです。

 

例えば、若いときにお付き合いした人と、何かがキッカケで別れたとします。

 

        「こんなヤツ、最低~っ!」

 

と言って別れても、その後に付き合った多くの 「カス」 と比べると、今となっては、当時の彼は全然許せる範囲だった・・・なんてことも、現実には、あったりするわけです。

だからと言って、過去ばかりを振り返ってみて、クヨクヨしていても、始まらないわけですが、最初に美味しいものに当たった人は、「美味しい!」 とは感じるかも知れませんが、それが 「当たり前」 だと認識します。

 

ただ 「美味しい」 と感じるだけでなく、「本当に美味しい!」 と感じるためには、「不味いもの」 を知る必要があるのです。

 

魚でのたとえ

 

昔は、「貧乏人が食べる魚」 と呼ばれた、「鰯(いわし)」 や 「鯵(あじ)」 そして 「鯖(さば)」 も、何処にでもあるので、珍重されてはいませんでしたが、昔から 「美味しかった」 魚でした。

誰でも味わえば味わえる 「美味しさ」 でした。むしろ、味わえなかった人と言えば、「貧乏人が食べる魚」 という 「蔑称(べっしょう)」 を意識して 「敬遠(けいえん)」 していた人達かも知れません。

確かに昔は、温度管理や品質管理も今ほど優れていませんでしたので、「ヒカリモノ」 によるアレルギーを気にしていた人が多かったのも事実です。

 

昔は 「貧乏人が食べる魚」 であった 「ヒカリモノ」 も、今となっては高級魚になってしまいましたが、身近では、東京湾(羽田沖)の 「穴子」 や、江戸前の 「青柳(あおやぎ)」 のように、おいそれと簡単には食べれなくなった食材も少なくありません。

 

梅雨時の羽田沖の穴子で作った 「煮穴子」 を、炙(あぶ)って貰い、身崩れしそうな穴子を口にほうばると、ほんのりと穴子の脂が口の中に広がった途端、身が口の中で溶けて崩れる感覚は、もう 「絶品」 としか言いようがありません。

 

その辺の寿司屋で、適当な穴子しか摘(つま)んでいない人は、その適当な味しか知らないわけですから、「穴子は、その程度のものだ・・・」 と理解しているので、その 「美味しいもの」 の存在を知りませんし、知ろうともしないわけです。

 

逆に、そんな 「絶品」 の 「煮穴子」 を、当たり前のように食べていた人は、それが 「当たり前」 になり、その辺の 「穴子」 を食べるようになってみて、いつも 「はずれクジ」 ばかりに当たる状況になってみて、始めて 「自分は恵まれていた」 ことを知るわけです。

 

なので、彼女の言う 「人は気付かない」 と言うのが、実に的確な表現。(笑)

「多くの経験」 を積んでみる必要があるのは、自分が、「自分の肌」 で、「自分の感性」 で、その 「価値」 を感じ取るためなのです。

 

つまり

 

怖がってばかりいて、自分の身を守ってばかりいて 「挑戦」 出来ない人は、いつまでも、自分の 「先入観」 とか、他人の 「価値観」 に振り回されているということです。

大事なことは、その 「観念」 が正しいのかどうか、確かめてみるということ。

自分の肌で、自分の五感を通じて、「実感」 として感じてみるのが重要なのです。

 

***

 

但し、自分が既に 「明らかに不味い」 と認識しているものを、無理して食べる必要はありません。

しかし、好きなものばかりを 「選(よ)り好(ごの)み」 していたら、「ケーキにアイスクリームにフルーツに・・・」 みたく 甘いものだらけに偏(かたよ)ってしまいます。

それに、子供の頃に大キライだったものが、オトナになってもキライだとは限りません。


自分が、「いいな」 と思ったり、「まだ食べたことないな」 と思ったら、とりあえず食べてみればいいんです。(笑)
不味かったら、飲み込まずに、口から 「ペッペッ」 と吐き出せばいいだけ。
何事も 「経験」 です。(笑)

 

秋葉姉さん?が言っているように、人生において 「失敗」 や 「黒歴史」 は、必ずしも忌むべきものではないということ。

むしろ、その 「苦労」 や 「苦難」 があったからこそ、「新しい自分」 に出会えてる場合も、少なくないということです。

 

そして、自分が 「マイナス」 と認識しているものを、「プラス」 に変えられるかどうかは、その人次第。

あの 「五体不満足」 の乙武氏は、普通の人が通常は 「マイナス」 と受け留めるものを、自分の 「武器」 として使っていますし、この 「APA」 の女社長の話もすごくタメになります。(笑)

 

「逆境、失敗、誹謗中傷 『それが何か?』 ―― アパホテル元谷芙美子社長に見る ”絶対不幸にならに人” のルール」

 

しかし、「姉歯(あねは)」 の耐震偽装に絡んで、銀行が債権回収に走ったことが、後の 「リーマン・ショック」 を乗り切る原動力になったなんていうのは、なんとも 「恐れ入谷(いりや)の鬼子母神(きしもじん)」 な話です。

 

2018/03/20

若いうちは 「経験」 を積みなさい♪

これは、何事にも、言えることだと思います。

仕事で、「初歩的な失敗」 が赦されるのも、はじめのうちだけ。

 

「食べ物」 もそうです。まずは、いろいろと食べ歩いてみないと、「ホンモノ」 の味は分かりません。

「美味しいものを知る」 ためには、やはり、「不味いものを知る」 ことも大切ですし、やはり、美味しいものを知る 「友人」 や 「先輩」 の 「アドバイス」 を聞くことも大変有効です。

 

「学ぶ」 と言うことは、そういうこと。

 

「セ☆クス」 も、こなした 「人数」 はさほど重要ではありません。しかし、人は、身体的な特徴もそうですが、性格に至るまで、いろいろなタイプの人がいますので、きちんと、その人の心と身体に触れ合ってみることが重要です。

 

「経験」 があれば・・・


話をしてみたら、かなりの自信家で、話も論理的で好印象を持てて、頼もしく思って結婚してみたけれど、実は、相手の 「価値観」 を受け容れることなく、自分の価値観を一方的に押し付けてくる 「モラハラ男」 だったなんて失敗は、回避することが出来るかも知れませんし、それを見抜いた上で、好きになって、あなたの愛情で、その男性を目覚めさせることも、出来るかも知れません。

 

「経験」 を積むために、無謀なことをしろとは言いません。

 

しかし、自分が傷付くのを怖れて、自分を出し惜しみしていては、いつまで立っても、「実力」 は付きません。

若い頃の 「恋愛」 は、「練習試合」 のようなものです。

相手を傷付け、相手に傷付けられて、人は 「オトナ」 になっていくわけです。

 

見た目は上品な 「煮物」 でも、魚の身の味が全部抜けてしまっているものもあれば、色は真っ黒で、見た目は悪いのに、絶妙に炊かれた美味しい肴もあったりします。

 

見て触って、そして食べてみて、五感で感じて、「目利(めき)き」 としての能力と 「勘」 を高めていって下さい。

2018/03/18

エ☆ロ小説(官能小説)の話

ブロ友さん?の記事から。


 

        うのさん。・・・・ って、「神田うの」 ぢゃなくて、「宇能鴻一郎」 かいっ!

        小癪(こしゃく) なっ。

 

ってことで、「官能小説」 の 「薀蓄(うんちく)」 を。

 

***

 

 

宇能鴻一郎 (1934-)

 

「宇能鴻一郎(うの こういちろう)」 は、「官能小説」 の大家としても有名だけど、一応 「芥川賞作家」 です。

受賞作品は、1961年の 「鯨神(くじらがみ)」。

 

 

しかし、「宇能鴻一郎」 と言えば、やはり、官能小説。 「わたし、~なんです。」 的な、女性の一人語りの告白調が何とも言えませんでした。
 

手の甲にキスなんかされたの、生まれてはじめてなんです。

映画では、良く、見るけれども。

ゾクッ、としちゃった。しびれが、手の甲から、お乳の先に、走るみたいな気持。

それも、唇をくっつけられるときより、離されたあとの方が、感じたんです。

 

(むちむちぷりん)

 

 

子供だと、かなり、読みやすいのです。(笑)

当時読んだのは、「夕刊フジ」 とか 「小説宝石」 とかにあった連載だったように思います。

 

今、思えば、こんな本の内容にも、影響を受けているのかも知れません。(^^;)

 

 

 

 

しかし、当時は、「宇能鴻一郎」 は、文体の影響もあるかも知れませんが、まだ若手のイメージがあって、「官能小説」 と言えば、代表格はこのひと。

 

 

川上宗薫 (1924-1985)

 

「川上宗薫(かわかみ そうくん)」 や、

 

 

 

あとは、「SM」 小説の大家と言えば、この人。

 

 

団鬼六 (1931-2011)

 

「団鬼六(だん おにろく)」 なんかの方が、「ハード」 で 「ガチ」 だったような印象があります。

 

 

 

 

 

 

しかし、今思えば、「宇能鴻一郎」 独特の、女性による語り口調は、オトナの本をこっそりと盗み読む 「子供」 だけではなく、多くの 「女性読者」 を惹き付けたかも知れません。(笑)

 

***

 

ちなみに、自分の好きな 「官能小説」 作家は、この人。

 

 

 

舘淳一 (1943-)

 

「舘淳一(たて じゅんいち)」 の作風は、団鬼六を、もっとソフトにしたような 「SM」 や、「タブー」 や 「変態的」 な要素を取り入れた 「恥辱・陵辱」 モノが秀逸だったように記憶しています。

 

1980 年前後の、「ハーレクイーンロマンス」 の大ヒットもあったのでしょうか?

その後、「サラ・ブックス」 とか 「フランス書院文庫」 などに名前を変える、文庫版や新書版の 「官能小説」 が世に出てきますが、そんな、玉石混交の中で、独特の世界観と安定した文調で地歩を築いたのが、「舘淳一」 です。

 

 

 

 

 

この頃、まだ 「小学校低学年」 だった、「某 SNS」 でのお友達の女性は、当時、隠し持っていた 「エロ本」 を親に見つかって、取り上げられてしまいますが、「フランス書院文庫」 だけは、親が気が付かなかったのか、難を逃れたそうで、以降、読めない漢字がたくさんあるにも拘わらず、読んでいたそうです。(^^)/

 

しかし、この 「舘淳一」 の対談記事を見つけたので、読んでみると。ゴツイw

 

 

デビューは、「別冊SMファン」 だとは知りませんでした。

 

館淳一 第1回 「『週刊プレイボーイ』が100万部雑誌になった原動力は館淳一の文章に負うところが大だった」

館淳一 第2回 「微分積分の壁を乗り越えられていたら、シマジとは出会わずに真っ当な人生を歩んでいたかもしれない」

館淳一 第3回 「変態ということにかけてはわたしよりシマジのほうがはるかに上なんですよ」

館淳一 第4回 「実はオンナと同棲しています」と土下座して始まったシマジの集英社生活

 

***

 

「夜のお供」 に、AV などの動画モノも悪くはありませんが ・・・

「エ☆ロ」 は、「目」 でなく、「脳」 で感じるものなのです。

たまには、自分の 「妄想力」 を高めるためにも、「官能小説」 なんか如何ですか?w

お子さんのいるご家庭では、お子さんの 「性教育」 になる可能性もあります。(笑)

 

皆さんも、お好みの 「官能小説」 作家を探してみて下さい。(笑)

2018/02/28

責めネタ (3) - 特撮ヒーロー篇

前記事 「責めネタ (2) - 続・時代劇篇」 の続きです。

 

前回の記事で一部ではありますが、「時代劇」 で馴染みのある 「悪役俳優」 の方々をご紹介しましたが、このうちのひとり、「中田博久」 氏。

 

 

この方は、時代劇以外でも 「悪役」 として活躍されていますが、下の写真の右側は、「山口百恵」 の旦那の 「三浦友和」

 

 

しかし、この方も、始めから悪役専門ではなく、デビュー時?の特撮ヒーローもの 「キャプテンウルトラ」(1967) では 「主役」 を務めていました。それが次の写真。

 

 

こんな宇宙船を操縦し、宇宙人と戦う特撮ヒーローものでも、こんなシーンがありました。(笑)

 

 

ちなみに、一つ前の 「宇宙船操縦シーン」 の写真の一番左にいる茶色の 「キケロ星人」 の役は、若き日の 「小林稔侍(こばやし ねんじ)」 氏です。

 


 

前置きが長くなりましたが、特撮ヒーローものの話に入ります。w

 

 

仮面の忍者赤影

 

子供向けの特撮ヒーローもので、緊縛が多用され始めたのが、何時頃からなのかは定かではありませんが、これは、「仮面の忍者赤影」 (1967~1968)。

 

 

 

 

 

なんと、鎖で縛られまくりですが、特撮の怪獣も出てきます。

 

 

花の形をした怪獣?に捉われてしまいますが、怪獣に連れ去られるときも、こんな感じです。

 

 

怪獣は、いろいろと出て来ますが、あまり記憶にありません。

ヒーローは、「赤影」 と 「青影」 そして 「白影」 の三人で、ヒロインは、この 「陽炎」 です。

子役の 「青影」 が、手を開き、鼻に親指を当てて、ぐるんと回して 「だいじょうぶ!」 とやるのが流行しました。

 

 

 

仮面ライダー

 

これは、「小林 昭二(こばやし あきじ)」 や 「千葉真一」 の弟の 「千葉治郎(矢吹二朗)」 などが映っているので、「仮面ライダー」(1971~1973) でしょうか?
 

 

ちなみに、上の写真で 「赤いワンピース」 を着ている一番左の子は 「中田喜子」 。続いて、真ん中が 「ミミ荻原」 と 「沖わか子」 だそうです。

 

 

 

 

当時はまだ 「ミニスカート」 が流行っていたのか、皆さん、かなり短いです。

 

この辺りからは、「仮面ライダーV3」 でしょうか。

 

 

このシーンでは、男女の胸縄の違いが話題になりました。(笑)

 

 

若い頃の 「林寛子」 もちゃっかり縛られています。

 

 

この時代は、「仮面ライダーカード」 がおまけの 「ライダースナック」 というスナック菓子があって、おまけ欲しさにスナックは買うものの、お菓子は二の次で 「ぽいっ!」 って感じだったので、学校はもちろんのこと、社会問題にまでなりました。

 

まだ、当時は 「子供」 だったので、「怪人」 の方ばかり気にしていましたが、「ライダーガール」 なんかは、当時の若い子を頻繁に入れ替えては、ミニスカのワンピースを着せての着衣緊縛の嵐です。(苦笑)

 

こんなのを毎日一生懸命に見てたりするわけですから、そんな子供が将来 「緊縛好きの変態オヤジ」 になったとしても、不思議でも何でもありません。w

当時は、「縛られ好き」 や 「露出好き」 といった、被虐志向で 「Mっ気」 のある女性を、映画映像の業界人は、こうやって判別していたのでしょうか?やばいです。(苦笑)

 

ちなみに、「ミミ荻原」 は、この後 「歌手」 などを経て 「女子プロレス」 に転向します。何か、余程むかつくことでもあったのでしょうか?(^^;)

 

 

変身忍者 嵐

 

「変身忍者 嵐」(1972~1973)なんていうのもありました。

もうほとんど記憶にありませんが、こちらには、「林 寛子」 がレギュラーで出ていたようです。(笑)

 

 

こちらは、もう、常に捉われまくりの、縛られまくり状態です。

 

 

「特撮ヒーローもの」 という着衣を着せた 「緊縛もの」 と言ってもいいかも知れません。

 

 

 

 

さすがに 「ミニ」 が流行っていた時代とは言っても、ここまで短い 「ミニ」 を履いてる女子を見かけた記憶はありません。

 

 

 

「林寛子」 が演じる 「カスミ」 が襲われるこんなシーンを見て、怒りを感じつつも、適役に対して 「僕もやりたい・・・」 みたいなジェラシーを感じていたんでしょうか?苦笑

 

当時を振り返った林寛子本人のインタビュー記事がありましたので、興味がお有りの方は、ご参考まで。

 

「憧れの 『特撮ヒロイン』 に会いたい!(4) インタビュー林寛子 『変身忍者嵐』 小6で演じたくノ一忍者の本気戦闘シーン 『みぞおちを殴られてマジで失神しちゃった』」

 

【参考】 「偶にはタイムマシンに乗ってノスタルジー気分!!」

      「ヒロインアクションの復権を!」

      「あしたはきっと特撮日和」