2ntブログ
2018/03/21

若いうちは 「経験」 を積みなさい♪ (2)

読者登録させて戴いてる、ブロ友さん?の記事。


 

昨日の、「若いうちは 『経験』 を積みなさい♪」 の記事の続きです。この記事で、「美味しいものを知るためには、不味いものを知ることも必要」 と書きましたが、何故、「不味いものを知る」 ことが必要か?

彼女は、ブログ記事に

 

        「マイナスがなければ、人はプラスの存在に気づかないだろう。」

 

と書いていますが、まさしく彼女が言っている通り、”人は気が付かないから” です。

頭では理解していたとしても、それは単なる知識や情報に過ぎません。かなり賢い人でない限り?は、自分の 「糧(かて)」 とすることが出来ないのです。

 

例えば、若いときにお付き合いした人と、何かがキッカケで別れたとします。

 

        「こんなヤツ、最低~っ!」

 

と言って別れても、その後に付き合った多くの 「カス」 と比べると、今となっては、当時の彼は全然許せる範囲だった・・・なんてことも、現実には、あったりするわけです。

だからと言って、過去ばかりを振り返ってみて、クヨクヨしていても、始まらないわけですが、最初に美味しいものに当たった人は、「美味しい!」 とは感じるかも知れませんが、それが 「当たり前」 だと認識します。

 

ただ 「美味しい」 と感じるだけでなく、「本当に美味しい!」 と感じるためには、「不味いもの」 を知る必要があるのです。

 

魚でのたとえ

 

昔は、「貧乏人が食べる魚」 と呼ばれた、「鰯(いわし)」 や 「鯵(あじ)」 そして 「鯖(さば)」 も、何処にでもあるので、珍重されてはいませんでしたが、昔から 「美味しかった」 魚でした。

誰でも味わえば味わえる 「美味しさ」 でした。むしろ、味わえなかった人と言えば、「貧乏人が食べる魚」 という 「蔑称(べっしょう)」 を意識して 「敬遠(けいえん)」 していた人達かも知れません。

確かに昔は、温度管理や品質管理も今ほど優れていませんでしたので、「ヒカリモノ」 によるアレルギーを気にしていた人が多かったのも事実です。

 

昔は 「貧乏人が食べる魚」 であった 「ヒカリモノ」 も、今となっては高級魚になってしまいましたが、身近では、東京湾(羽田沖)の 「穴子」 や、江戸前の 「青柳(あおやぎ)」 のように、おいそれと簡単には食べれなくなった食材も少なくありません。

 

梅雨時の羽田沖の穴子で作った 「煮穴子」 を、炙(あぶ)って貰い、身崩れしそうな穴子を口にほうばると、ほんのりと穴子の脂が口の中に広がった途端、身が口の中で溶けて崩れる感覚は、もう 「絶品」 としか言いようがありません。

 

その辺の寿司屋で、適当な穴子しか摘(つま)んでいない人は、その適当な味しか知らないわけですから、「穴子は、その程度のものだ・・・」 と理解しているので、その 「美味しいもの」 の存在を知りませんし、知ろうともしないわけです。

 

逆に、そんな 「絶品」 の 「煮穴子」 を、当たり前のように食べていた人は、それが 「当たり前」 になり、その辺の 「穴子」 を食べるようになってみて、いつも 「はずれクジ」 ばかりに当たる状況になってみて、始めて 「自分は恵まれていた」 ことを知るわけです。

 

なので、彼女の言う 「人は気付かない」 と言うのが、実に的確な表現。(笑)

「多くの経験」 を積んでみる必要があるのは、自分が、「自分の肌」 で、「自分の感性」 で、その 「価値」 を感じ取るためなのです。

 

つまり

 

怖がってばかりいて、自分の身を守ってばかりいて 「挑戦」 出来ない人は、いつまでも、自分の 「先入観」 とか、他人の 「価値観」 に振り回されているということです。

大事なことは、その 「観念」 が正しいのかどうか、確かめてみるということ。

自分の肌で、自分の五感を通じて、「実感」 として感じてみるのが重要なのです。

 

***

 

但し、自分が既に 「明らかに不味い」 と認識しているものを、無理して食べる必要はありません。

しかし、好きなものばかりを 「選(よ)り好(ごの)み」 していたら、「ケーキにアイスクリームにフルーツに・・・」 みたく 甘いものだらけに偏(かたよ)ってしまいます。

それに、子供の頃に大キライだったものが、オトナになってもキライだとは限りません。


自分が、「いいな」 と思ったり、「まだ食べたことないな」 と思ったら、とりあえず食べてみればいいんです。(笑)
不味かったら、飲み込まずに、口から 「ペッペッ」 と吐き出せばいいだけ。
何事も 「経験」 です。(笑)

 

秋葉姉さん?が言っているように、人生において 「失敗」 や 「黒歴史」 は、必ずしも忌むべきものではないということ。

むしろ、その 「苦労」 や 「苦難」 があったからこそ、「新しい自分」 に出会えてる場合も、少なくないということです。

 

そして、自分が 「マイナス」 と認識しているものを、「プラス」 に変えられるかどうかは、その人次第。

あの 「五体不満足」 の乙武氏は、普通の人が通常は 「マイナス」 と受け留めるものを、自分の 「武器」 として使っていますし、この 「APA」 の女社長の話もすごくタメになります。(笑)

 

「逆境、失敗、誹謗中傷 『それが何か?』 ―― アパホテル元谷芙美子社長に見る ”絶対不幸にならに人” のルール」

 

しかし、「姉歯(あねは)」 の耐震偽装に絡んで、銀行が債権回収に走ったことが、後の 「リーマン・ショック」 を乗り切る原動力になったなんていうのは、なんとも 「恐れ入谷(いりや)の鬼子母神(きしもじん)」 な話です。

 

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