【緊縛小説】 縄絡み (9-2)
§9の2 一人増える
年配の人は、もうかなり、
出来上がっているようだった。
年配の人が、何の話をしてたんだ、と聞くと、
ママが、昔の話をばらされちゃった、
と言いながら、ビールの栓を開け、
年配の人のグラスに注ぐ。
ママは、自分達のビールも、
栓を開け、自分達のグラスにも注ぐと、
再度、皆で、乾杯をした。
ママは、客よりも一足早く、
飲み干し、年配の人のビールを
手に持つと、
「祐さんは、もっと
凄いのよ・・・」
と言って、
年配の人が飲み干したグラスに、
また、ビールを注いだ。
「てやんでぃ・・・」
年配の人は、自分からは、黙して語らないが、
若い頃、赤坂にあった星ヶ岡茶寮で、
働いていたことが、あると言う。
戦時中、赤紙が来るまで、
飯炊きと漬物の班に居たらしい。
終戦後、復員して、いろいろと
仕事を転々としたが、
今の親方とも、当時の先輩のつてで、
知り合い、それ以来、今の親方に、
世話になっているのだ、と言う。
当時の自分は、まだ学生だったので、
世間の一般常識であったり、
一般教養というものは、皆無に等しく、
ただ、良くは分からないけど、
凄い人なんだ・・・とだけ、記憶していた。
ちょうど、その年、北大路魯山人や星ヶ岡茶寮をモデルとした、グルメ料理漫画である、「美味しんぼ」 の連載が始まったこともあり、かろうじて、それになぞらえて、記憶に留まっている程度だった。
後日、祐さんから、話を聞いたところによると、誰もがそこで修行したかったため、採用は順番待ちになるほどで、一方、当時は人件費も安かったことから、大量に料理人が採用され、飯炊きなら飯炊きだけ、漬物なら漬物だけを、専門にやる班があったと聞いた。
地味な仕事だけれども、
あそこの料亭は、仕出しも含め、
羽釜で炊いた御飯と、
お新香にも、定評があると言う。
そこまで話したところで、
ママは、機敏にも、次第に、
年配の人が、苛々としてくるのを、
察すると、話をやめ、
ビールを継ぎ足して、瓶を片付けた。
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