2ntブログ
2017/09/23

信用と裏切り

信用とは何でしょうか?

 

信用していたのに、裏切られた・・・

もう、これ以上傷付きたくない・・・

 

誰しも経験していることです。


信用とは、自分の気持ちの中で、誰かに頼ること、誰かに期待することです。

信用自体は悪いことではありません。

信用された人間は、きっとその信用に応えるべく、一生懸命努力することでしょう。

 

しかし、人には100%完璧な人はいません。人の心も身体も、強いときは驚くほど強いのですが、弱いときにはとても弱いものです。

信用する方も、信用される方も、弱い人間なのです。

 

信用する方も、「信じている」 という言葉の裏で、相手に甘えていたり、頼っていたり、一人でこっそりと楽をしていたりする場合もあります。もしかしたら、自分の 「期待」 が高じて、自分ひとりの 「思い込み」 になっているかも知れません。

 

人の気持ちも、思いも、愛も、うつろいやすいものです。

なので、信じていたからといって、必ずしも、その期待は 「成就(じょうじゅ)」 するものではありません。その信じる内容の 「程度問題」 によるのです。

 

信用していたのに、裏切られたりすると、まあ確かに人間凹(へこ)みますし、寂しい気持ちにもなります。

世の中、自分の思い通りになんかなりませんし、ましてや、人を自分の思う通りにしようなんて、血を分けた自分の子供ですら、困難を極めるのですから、ましてや他人なんて、自分の思い通りに出来るはずもありません。

 

しかし、信じていたのに裏切られて、涙するあなたに手を差し伸べる人はいます。

手を差し伸べられたら、その手を取って、自分の足でもう一度立ってみて下さい。

 

人は不思議なもので、しがみつこうとすると、振り払われ、凭(もた)れ掛(か)かろうとすると避(よ)けられますが、自分の足で立とうとする人には、手を差し伸べてくれたりします。

 

そして、立ち上がったら、信用していたのに裏切られた人のせいにするのではなく、寄り掛かりすぎたのではないかと、自分を反省してみて下さい。

もしくは、相手に寄り掛かる前に、寄り掛かってもいいか聞いてみて下さい。もし、相手に自分が寄り掛かるだけの体力がないのであれば、出来るだけ自分の足で立つ努力をしてみて下さい。

 

人は自分の守りに入ると、ネガティブになります。

逆に、自分はあるがままの自然体で、自分も他人もどちらも大事にして、他人に何かをしてあげていると、自然とポジティブになってきます。

 

お互いが、相手を 「気持ち良く」 してあげようという気持ちをもって、気持ち良かったら相手に感謝する関係こそが、良い人間関係を築く秘訣(ひけつ)です。(笑)

 

これは、夫婦や恋人同士、あるいは、セックスや SM でもそうですし、お店とお客の関係においても同様です。

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