2ntブログ
2017/07/04

フェ☆ラの話(3)

一応、不適切とされていそうな部分を修正してみましたが、表示できません。

内容的には、AbemaTV なんかで放送されている 「ポリアモリー」 ネタなんかよりも、ずっとおとなしい内容だと思うのですが。(苦笑)

出来たら、非表示の指針詳細を教えて戴けると、もっと助かるものの、しかし、最近では、いきなりブログ記事を削除するような乱暴な統制運用ではなく、表示されないだけで、原稿は残されていますので、運営に対しては好意的に感じております。

 

本記事は、外部サイトになりますが、「フェ☆ラの話(3)」 の方に再掲載しております。

 

2017/07/03

フェ☆ラの話(2)

では、実際の 「方法」 を説明する前に、男性のアソコの 「各部名称(通称)」 を説明しておかないといけませんが、覚えておく必要のある名称はさほど多くはありません。

 

各部名称

 

まず大きくは 「玉」 と 「竿(さお)」。

 

そして、竿の先端にある部分が、亀の頭に例(たと)えられて 「亀頭(きとう)」 と呼ばれます。
そして、亀頭の根元部分。キノコの傘にあたる部分を 「雁(かり)」 もしくは 「雁首(かりくび)」 と言います。

雁と竿の部分の段差が大きいモノを 「雁高(かりだか)」 と呼んだり、雁の部分が太いモノを 「雁太(かりぶと)」、細いモノを 「雁細(かりぼそ)」 と呼びます。

ちなみに、亀の頭自体の大小を表す表現は、何故かありません。

「雁首(かりくび)」 は、「がんくび」 とも言いますが、そもそもは 「雁(かり・がん)」 という鳥の首のこと。

「フェ☆ラ」 の話に 「鴨」 を持って来て、「フェ☆ラガモ」 みたいな 「オヤジギャグ」 を企(くわだ)てていたわけではありません。(苦笑)

 

 

ちなみに 「煙管(きせる)」 では、キセルの先の、金属の部分を 「雁首(かりくび)」 と呼びます。

 

 

ですので、もしかしたら、江戸時代などは、亀頭の部分を 「雁首」 と呼んでいたのかも知れません。

自分の祖父の時代の人は、まだ自分が小さい時分には、煙管を吸っては、火鉢にポンと捨てていたりしたもんですが、もしかしたら、煙管の衰退と共に、旧来の雁首が亀頭に取って代わり、キノコの傘の部分を、感覚的に「雁(かり)」 もしくは 「雁首(かりくび)」 と認識するようになったのかも知れません。

 

竿の部分に亀頭が含まれるかどうかは、文脈によります。「玉」 と 「竿」 みたいに言っている場合は、陰茎全体を指しますし、「雁」 と 「竿」 みたいに対比させている場合は、亀頭部分と区別して、幹あるいは茎の部分を指す場合があります。

 

「鈴口(すずぐち)」 とは、亀のお口にあたる部分。「鈴口」 とは、鈴の音が出やすいように、鈴に入れられている 「切れ込み」 のことを言いますが、その 「鈴口」 に似ていることから、陰茎の尿道口の部分は 「鈴口」 と呼ばれています。

 

 

もう、ひとつ覚えておく必要があるのが 「裏筋(うらすじ)」 です。陰茎の裏側に、亀の根元から伸びる、つっぱったような筋を 「陰茎小帯」 と呼ぶらしく、ここの部分を 「裏筋」 と呼ぶ・・・的な説明が、ネット上ではびこっていますが、泌尿器科あるいは整形外科の先生がそう呼ぶのは、それで構いませんが、一般には、竿の裏側に伸びる、1本の筋目(すじめ)がありますが、その筋目のことを指します。

母親の胎内にいるときには、男女とも性器は縦に割れているだけなんだそうですが、男性の場合は、その後、その割れていた部分がくっついて形成されていくそうで、筋目は、その名残りなんだそうです。

ということで、「裏筋を舐(な)めあげて」 と言われたら、竿の根元の部分から、舌でペロリンと鈴口の方まで舐め上げるのが、正解です。(笑)

 

ちなみに、この中で、男性が特に感じる部分は、「雁(かり)」 の部分と、「鈴口」 から 「裏筋」 にかけての部分、そして、その次に 「亀頭」 部分といった感じでしょうか。
特定の部分に集中しているのが、特徴です。出来れば、次回は、具体的な方法について書いてみたいと思います。

(つづく)

2017/07/02

フェ☆ラの話

あまり、余計な説明はいらないでしょう。(笑)

「フェ☆ラ」 とは、「フェ☆ラチオ」 の略で、お口で男性のアソコを 「おしゃぶり」 して刺激することです。古くは、手でする 「手☆淫」 に対して、「口☆淫」 と呼ばれていました。

ちなみに英語では、前者を 「ハンドジョブ(hand job)」 と言うのに対し、「口☆淫」 は、「ブロージョブ(blow job)」 といいます。

 

ちなみに多くの女性、特に若い女性が、あまり好きではないのが、この 「おしゃぶり」 です。

理由はさまざまだと思います。

いくら相手のことをどんなに好きだとしても、「汚い」 あるいは 「不潔」 という意識があるのかも知れません。

また、男性のアソコが大きい場合は、口を大きく開けていないと、歯が男性のアソコに当たり切れてしまったりするので、大きく口を開けていないといけなかったり、あるいは、男性が遅漏(ちろう)気味の場合は、時間が掛かるので、疲れると言う人もいます。

しかし、一番の理由は、「おしゃぶり」 は、女性が男性に施(ほどこ)すサービスであるため、自ら積極的に行うのが恥ずかしいよいうのが、一番の理由ではないでしょうか。

 

この 「おしゃぶり」。SM でも以前であれば、挨拶もそうですが、愛奴の基本的な奉仕として、しっかりと躾(しつ)けたもんですが、最近は手抜きが多いのか、何人もの主を渡り歩いた ドMちゃんであっても、まともに出来なかったりします。

 

以前は、今日のようにネットも発達していませんので、M女を見つけるのも一苦労でした。最近は、出会い系みたいなメディアの発達もあってか、会ってみて、自分の期待通りでなかったら 「ポイッ」 して 「次」 みたいな人が結構多いように思います。

女性であれば、心のつながりを欲しつつも、一夜限りのように、心が捉(とら)われてしまうことを怖れる女心みたいなのも、あるのかも知れません。しかし、自己中心的で、身に危険を感じる場合などは、致し方ないとしても、相手の持ってるテイストみたいなものは、一度会ったからといって、全てが分かるもんでもありません。徐々に噛みしめるごとに、味が出て来る場合も少なくありません。

 

なので、昔は、もっと人との出会いを大切にしていたように思いますし、そこから教わることも多かったように思います。感性もそうだし感覚すらもまだ十分開発されていないのに、相性うんぬんを語るのは、自由ではあるけれども、いくぶん早すぎます。(笑)

 

まあ全体的な風潮が、そんな感じなので、普通の主婦さんも、下手なひとがほとんどです。

しかし、「30させごろ、40はしごろ」 ではありませんが、女性も熟してくると、性欲がどんどん高まってきます。男が 「やりて~っ!」 と盛るピークは、中学から高校にかけてですが、女性の場合は30代から40代。女性の場合は、その頃になってはじめて、若い時分に多くの男子が悩む 「やりて~っ!」 という感覚を味わうのです。
そういう主婦さんの場合、「おしゃぶり」 願望がある人も少なくありませんので、そういう女性には、「おしゃぶり」 のしかたを基礎から躾けます。そして次回、会うまでに、おうちでしっかり練習してくるように宿題を出す。(笑)

「おしゃぶり」 は、SM では奉仕の一環ですが、一般のご家庭であっても、「前戯」 以外にも、単なる 「性処理」 や 「スキンシップ」 にも使える小技です。

夫婦の間で、レスにならないための秘訣は、スキンシップです。レスではない家庭の多くでは、夫婦で一緒にお風呂に入るのが習慣になっています。
これには、もしかしたら、お互いが時間を合わせることが習慣づいてるということと、スキンシップを取りやすい環境というのが大きく影響しているかもしれません。

長く一緒に暮らしていると、カップルであれ夫婦であれ、マンネリが出て来ます。
ここで大事なことは、如何にしてお互いの性的な欲求を受け応えるかです。自分の体調が悪いのに、無理強(むりじ)いをしようとする相手は最悪です。しかし、気が乗らないからといって、一方的に断るばかりも考えもの。相手の欲求に出来るだけ応えてあげようと努力することも重要です。

 

もう、お互いに何も愛情がないという方でなければ、そういうときは、お互いのスキンシップを維持するためにも、たまには、お口で抜いてあげればいいんです。

当然、そのためには、きちんと二人のコミュニケーションが成立していることが前提となります。

 

 

ちなみに、前述の主婦さんの場合は、旦那が病みつきになってしまい、ことあるごとに 「おしゃぶり」 を要求してくるようになってしまったそうです。(苦笑)

だから、前以(まえも)って、実際にプレイに入る前に、他愛無(たわないな)い額でも構わないので、悪女になっておねだりしなさい、と教えたのです。そうすることで、お小遣い稼ぎしなさいという意味ではありません。そうすることで、場の上下関係が決まるのです。女性が優位性を確保できるわけです。

主の言うことを聞かない奴隷は、奴隷失格ですが、自分に都合の良い命令しか聞かない奴隷も困り物です。

 

(つづく)

2017/07/01

「甘える」 ことと 「甘え」 の違い(7)

「『甘える』 ことと 『甘え』 の違い(6)」 からのつづき

 

誤解のないように書いておきますが、ひとつ前の記事で 「人に迷惑をかけない」 という表現は、例えば、親が子供に対して 「他人さまに対して、迷惑をかけない大人になりなさい。」 というのは、きちんと自立して、自分のことは自分で出来るようになりなさい・・・という意味で、自分が自分を律するために使われるのであれば問題ありません。

また、恥を恥とも思わず、他人に尻拭(しりぬぐ)いをさせてばかりの 「厚顔無恥(こうがんむち)」 な人に対して、「人に迷惑をかけるなっ!」 と言いたくなる気持ちは解ります。まあ、しかし、そういう連中にいくら口を酸(す)っぱく言ったところで、「かえるの顔に小便」 ですし、自分の身近なところで、依存体質の人に注意するぐらいのことは、有りでしょう。


問題視しているのは、「人に迷惑をかけない」 という標語のもと、なんでもかんでも、「人に迷惑をかけるのは悪」、あるいは、「自己責任」 として切り捨てようとする、「一部の社会」 の風潮です。

 

誰も、病気になりたくて、なるわけではありませんし、破産したくて破産するわけじゃありません。まあ、放漫経営を繰り返し、自らの屋台骨が揺(ゆ)らぐところもあるでしょう。しかし、そうした取引先の影響を受けて、巻き添えになるところも少なくないわけです。一般的な社会生活においては、まず、自分の取った行動による責任は、自分が負わされます。

 

イケダハヤトも 「自己責任とは 『他人のせい』 にすることではなく、『自分のせい』 にすること」 のところで、

” たとえば、ホームレス状態に陥った人を、「お前が今の状況に陥ったのは自己責任だ!」と語る。
ひきこもり状態にある人を、「ひきこもりになったのは自己責任だ!税金で助けるなんてもってのほかだ!」と主張する。
仕事で失敗した部下を、「お前が失敗したのはお前の責任だ!」と罵る。
「自己責任」を他人になすりつけるとき、その人はまさにその「自己責任」から逃れていることに気がつかなければなりません。平たく言えば「他人のせい」にしているというわけです。”

と言っていますが、「人に迷惑をかけない」 という言葉も、この 「自己責任」 という言い回しと同じような副作用がある 「両刃(りょうば)の剣(つるぎ)」 であるということ。

それは何故か?と言えば、ダラダラ自分に甘えている 「甘え体質」 の人を擁護(ようご)しようとしているわけではありません。

それとは逆に、この言葉に萎縮してしまったり、この言葉に過剰に縛られてしまっている 「甘え下手」 な人達がいるためです。

 

もし、自分が指導的立場にあるならば、まだ自立できていない、あるいは、自律できていない若者に対しては、自立を促(うなが)す意味でも 「人に迷惑はかけるなっ!」 と言うかも知れません。

それは、やはり、「鉄は熱いうちに打て」 ではありませんが、若いうちの努力は惜しむなっ!的なものです。(笑)

しかし、きちんと自立して、大人になったからには、大人として扱う必要が出て来ます。

大人になって社会に出たら、人に迷惑をかけてもいいんです。その代わりに、迷惑をかけた分、文句を言われたり、あるいは、その迷惑に応じてペナルティを科(か)せられるだけなんです。

法を犯せば、法で裁かれるだけです。自立できていようといまいと、子供だから…みたいな 「甘え」 は通用しません。

 

前の記事で 「醜悪」 と呼んだのは、そもそもの社会の成り立ちすら理解せず、いい歳こいて、こういった 「人に迷惑をかけるな」 とか 「自己責任」 論を展開する 「ネトウヨ系」? を指して言ったまでで、それ以上の意味はありません。

 

***

 

話を SM に戻しますが、このように 「甘え下手」 な人達の中には、自分ひとりでは回復できない状況になっているにもかかわらず、「自分が悪い」 あるいは 「自分のせいだ」 と考えて、動けなくなってしまう人達もいますし、また、自分を出して否定されること。特に弱い自分を攻撃されるのを極度に恐れている人などは、本人がいっぱいいっぱいになっているにもかかわらず、内在する自分の弱さが他人に露見しないよう、虚栄(きょえい)に走ったり、あるいは、自己のプライドに固執する人達もいます。

 

こういう人達の場合、きちんと 「甘え方」 を教えなければいけないのですが、「甘え下手」 だけに、甘えていいと分かった途端、今度は甘えのスイッチが切れなくなったりします。

甘えのスイッチを切れなくなった場合は、今度は、スイッチのオン・オフを身に付ける調教に切り替えるのですが、甘えることが許されると思った女性は、新たな世界が開けて、ただでさえぶっとびますので、それで糸が切れてしまうこともしばしば。

 

自分が SM に絡んで1回は会って、それ以降会わなくなる相手は、うまく相手との距離感を取ることが出来なかったり、感情表現が下手だったり、あるいは、感情のブレが激しく、最初から、脅迫的で心理的圧力を欲している被支配欲求の強い人達くらいなもんでしょうか。

そういった人達を除くと、ほとんどがこのどちらかに分類できると言っても過言ではありません。

 

(つづく)