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2016/09/16

ネットでの口説き方 (3) - 社交場での心得

 

社交場での心得

 

前回は、SNS の会議室あるいはチャットルームなど、複数の人と会話をする場における 「振る舞い方」 について説明してきました。

SNS ではあるとは言え、複数の人が相対(あいたい)して会話する場な訳ですから、曲がりなりにも 「社交場」 であることに相違はありません。

今回は、リアルでもネットでも、どちらでも通用する 「社交場」 での 「会話の基本」 について説明したいと思います。

 

ちなみに 「社交場」 とは、人が社会的な交流を目的に集まる場、あるいは、人が定常的に集まり、日常的に人の交流が行われている場のことを言います。

会員制クラブやパーティーも社交場なら、常連さんがたむろする居酒屋やスナック・バーなどの飲み屋の一角も社交場、主婦の井戸端会議も社交場です。

 

社交場における会話の基本

 

社交場における 「会話の基本」 は、大勢で話せる 「会話の輪」 を作ること。みんなで 「楽しく気持ちの良い会話」 が出来るように心掛けるのはもちろんのこと、出来るだけ多くの人が会話に参加できるよう、 「オープンな雰囲気」 を醸(かも)し出せるかが重要となってきます。

 

(1) 挨拶・声掛け

 

まず、社交場である無しに拘(かか)わらず、挨拶(あいさつ)や声掛けは、欠かすことの出来ない基本中の基本です。

ネットでもリアルでも、挨拶が、人と話をするキッカケを作ります。

挨拶と同時に笑顔が出ている場合は、警戒が解かれているサインです。笑顔だからと言って、必ずしも、「特別な好意」 を持たれているわけではありません。(苦笑)

しかし、笑顔が見られるというのは、「好意的」 である証拠でもあります。

 

人のコミュニケーションは全て、挨拶から始まります。

挨拶の基本は、自分がその人と話をしたいという意思を伝えるのと同時に、話の内容や話の意図あるいは話者のポジションやスタンスなどを、簡潔に伝えることにあります。

 

(2) デリカシー

 

最低限の礼儀や節度をわきまえることも重要です。

特に、リアルの 「オトナの社交場」 においては、デリカシーは大変重要です。

女性に対して年齢を聞くのは失礼ですし、初対面あるいは知り合って間もないのに、プライベートな部分を細かく詮索(せんさく)したり、馴(な)れ馴(な)れしくしたりするのは、不愉快なものです。ましてや、無粋(ぶすい)な質問をして、女性を辱(はずかし)めるなんてのは、野暮中の野暮。

 

しかし、女性に年齢を聞くのが失礼だからと言って、年齢に一切触れないというのも、優等生過ぎると言うか、真面目過ぎて面白くも何ともありません。

 

女性に年齢を聞くのが、何故(なぜ)タブーかと言えば、もしかしたら、長い男尊女卑(だんそんじょひ)の歴史において、女性の年齢は、女性を 「値踏(ねぶ)み」 する要素であったことなどに関係しているかも知れませんが、いずれにせよ、洋の東西を問わず、女性にとって 「年齢」 は、デリケートなものだからです。

 

男性で言えば、名刺には書かれていない 「年収」 や 「資産」 みたいなもの。

いろいろと会話を重ねて 「年収話」 になるならまだしも、いきなり面と向かって 「年収はいくらですか?」 と聞かれたら、男でも 「ドン引き」 するでしょう。(笑)

正直に答えた瞬間、その女性の顔から 「笑(え)み」 が消えて、自分と話を交(かわ)さなくなったとしたら、その男性の心境は、如何(いか)ほどのものか、想像に難(かた)くありません。それと同じです。

女性に対する 「年齢」 であれ、男性に対する 「年収」 であれ、ストレートに、そういうデリケートなことを聞くこと自体が 「野暮」 なわけです。

 

女性が答えづらい内容であっても、女性を不快にさせることなく、聞き出す分には、何も問題ありません。

むしろ、こういうデリケートな内容を、如何(いか)にイヤミなく、サラリと聞きだすか。それこそが、「オトナの社交場」 での 「オトナの会話」 の醍醐味(だいごみ)であり、そのために、いろいろと趣向を捻(ひね)るからこそ、「乙(おつ)な会話」 と言えるのです。

 

(3) みんなで会話を楽しむ

 

社交場の醍醐味(だいごみ)は、やはり、「出会い」 と 「オトナの会話」 にあります。

一対一で楽しむ会話もあれば、大勢で楽しむ会話もある。しかしそれは、自分の意図や都合というよりは、むしろ、その場の状況によります。

知った顔同士で、旧知の仲を温める会話も、実に楽しいものですが、新しい人が加わって、新鮮な空気が入り込むことで、それがまた新たな刺激となり、雰囲気や趣向が変わるというのも、これはこれでまた、なかなか乙なものです。

 

そんな社交場での 「会話」 は、言わば、「言葉のキャッチボール」。一人で一方的に話してばかりいるのは、野球で言えばピッチング。「会話」 とは言いません。

キャッチボールでは、リラックスして、一定の心地好(ここちよ)いリズムで、一方が球を投げ、もう片方がその球をキャッチします。

当然、投げる方は、相手の受けやすいところを狙ってボールを投げます。思いっきり暴投(ぼうとう)したり、相手の技量を超えたボールを投げたところで、取れるわけありませんし、それ以上、ラリーは続けられません。

当然ではありますが、気持ちの良いラリーを続けるためには、それなりに、相手に対する配慮が求められるわけです。「会話」 も、まさしくこれと一緒です。

「社交場における会話」 も、リラックスして、余裕を以(も)って、楽しむものです。「遊び心」 があってナンボ。みんなで 「言葉のラリー」 を楽しんでナンボです。

 

また、社交場では、どれだけオープンに会話出来るかも、とても重要です。

大勢で話をする場であるにもかかわらず、目当ての異性以外は自分の視覚に入らなくなってしまう 「ナンパ厨」 も野暮なら、大勢のひとがいるのに、是(これ)見よがしに、二人でイチャイチャと会話を楽しんでる 「勘違いカップル」 も野暮。仲の良い人達だけで固まって、周囲との間に 「壁」 を作ってしまう 「お上(のぼ)りさん」 も、野暮と言うものです。

 

(4) 自慢話や悪口は避ける

 

社交場において、単に自分の優位性をアピールしたいがための 「自慢話」 や他人の 「悪口」 は最悪です。その場に居る人に何のメリットもない 「他人の自慢話」 は、聞いてても、気に障(さわ)るだけ。はっきり言って、犬も喰いません。

「自分は、こんなにスゴイんだぜ!」 と、いくらアピールされたところで、聞かされているほうは、「ふうん」 としか、答えようがありません。

 

本来、「成功体験」 や 「自慢話」 それから 「手柄話」 といった類(たぐい)の話は、自分からするものではなく、聞かれて答えるものです。

しかし、披露(ひろう)したくても機会がなく、どうしても、「自慢話」 をしたいのであれば、必ず 「オチ」 を用意すること。

最後に、失敗談の暴露(ばくろ)があるとか、裏話があるとか、内ネタ話として 「種明かし」 みたいな 「オチ」 がないと、聞いてる方は、腑(ふ)に落ちない。スッキリしないのです。

 

ちょっとした普通の小噺(こばなし)であれば、オチがなかったり、オチの切れが悪いのは単なる 「無粋(ぶすい)」 で済みますが、犬も喰わない自慢話や手柄話で、オチがないのは、無粋を通り越して野暮。

何も 「オチ」 がないのであれば、最後は自分で突っ込むか、あるいは、リアルな社交場であれば、周りの人に一杯ずつ、飲み物をご馳走するくらいの度量を見せて、しかるべきです。(笑)

 

(5) 勝ち負けを競(きそ)わない

 

では何故、自慢話や悪口は避けるべきなのか。

それは、社交場などで良く起こる、同性同士の 「見栄の張り合い」 を極力防ぐ意味があります。

 

特に男性の場合は、女性を目の前にすると、女性の気を惹(ひ)こうとして、直接間接を問わず、「自分が如何に優れているか」 をアピールし出したりします。

これらの行動自体は、雄の孔雀(くじゃく)が、羽を目一杯広げて、雌(めす)にアピールする 「求愛行動」 とさほど変わらないのですが、「本能だから仕方ないじゃん!」 と言ったらそれまでです。

こういった 「見栄の張り合い」 が高じてくると、本能に基づく行動であるだけに 「意地の張り合い」 になってきたり、本人にその気がなくても、周囲の男性の 「闘争本能」 を焚(た)き付けてしまったりする可能性があるわけです。

トラブルになった後で、「まあまあ、落ち着いて。理性的に話し合いを!」 と言ったみたところで、そもそも、理知的でない行動が発端(ほったん)となって、「本能」 に火が付いてしまっているだけに、相手にしてみれば、「この期(ご)に及んで何を今更(いまさら)」 感がぷんぷんですので、理性の名のもとに、矛先(ほこさき)を収(おさ)めようなんて、度台無理と言うもの。逆に、火に油を注(そそ)ぐ結果となりかねません。(苦笑)

 

まあ、男同士が張り合い、ガツガツと競り合ったところで、女性の知ったことではありません。

女性は、競り合いに勝った人と付き合うなんてことは、一言も言っていないどころか、大半の女性は、男性の子供っぽい 「競り合い」 を冷めた目で見ているはずです。

 

「社交場における会話」 は、「ディベート」 ではありませんので、相手を遣(や)り込めて、「勝ち負け」 を競(きそ)ったところで、何の意味はありません。

本来であれば、「オトナの社交場」 において、不必要に知識をひけらかしたりするのも野暮なら、そんな論争を巻き起こしたりすること自体が野暮と言うものです。

 

これと同様に、人前を憚(はばか)らず、ガツガツとナンパしたり、口説いたりするのも野暮。(笑)

小粋(こいき)に口説くなら、まだ乙(おつ)ですが、下心見え見えで余裕がなくなっている人は、もう自分が目を付けた女性以外、何も見えなくなっているだろうことは分かりますが、周囲の人には、その 「切迫感」 が、手に取るように、嫌というほど伝わってくるだけに、本当に見苦しいものです。(苦笑)

 

相手に告白できずに悩んでいるような、真剣に恋をしている若者であれば、応援のし甲斐(がい)もあると言うものですが、いずれにしても、女性も馬鹿ではありませんので、下心に振り回されてしまっていて、余裕のない 「幼稚な男性」 は、まず、女性の恋愛対象として見られることはありませんので、心当たりのある人は気をつけてみて下さい。

 

(6) ユーモアとウィットを効かせる

 

和気藹々(わきあいあい)とした雰囲気になってくれば、皆、自ずと話したくなるものです。

雰囲気を盛り上げるだけでなく、周りの人に、きちんと機転を利(き)かせるくらいの配慮なり気配りが出来るようになれば一人前。

それに加えて、ユーモアを織り交ぜて、ウィットに富んだ会話が出来るようになれば、もうそれに勝るものはありません。

落語風の 「オチ」 でも構いませんし、関西風の 「ボケとツッコミ」 でも構いません。「駄洒落(だじゃれ)」 や 「オヤジギャグ」 であっても、無いよりはマシと言うもの。

 

話に一生懸命になること自体は、悪くありません。しかし、話に夢中になってしまうあまり、余裕がなくなってしまうようでは、いけません。

砕けた場で、真面目な話ばかりしてしまう人も、自分の思い通りにならないと、目から火柱を出して激高してしまう人も、女性が視界に入った途端、周囲が見えなくなってしまう人も、要は、余裕がなさすぎなのです。

こういうひとは、まず 「人の話をじっくりと聞く」 訓練を積んだ方が良いと思います。人の話をじっくりと聞くことによって、余裕も生まれます。

 

「話を聞かない男、地図が読めない女」 みたいな本が以前、ベストセラーになりましたが、男性は、「話を聞くのが苦手な人種」 であるがゆえに、自分の話を真剣に聞いてくれる男性に親近感を覚えるのです。

女性に対する質問は、本来は、彼女達の話を引き出すためのものでなければなりませんし、大勢で話をしている場合は、自分の関心事項ばかりに捉われず、他の人のことも考慮して聞くことが重要です。

女性に対して矢継ぎ早(やつぎばや)に、住んでる場所や年齢、既婚未婚の別や、彼氏の有無ばかりを聞いている人は、「目当ての女性」 を質問責めにするのではなく、自分の情報も小出しにしたり、他の人にも聞いたりすることで、みんなで会話できるようになると、自分自身にも余裕も出てきますし、女性にも安心感を与えることが出来ますので、また違った展開が期待できると思います。

 

参考にしてみて下さい。

 

 

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